舞妓の言葉(京都花街、人育ての極意)

街はコンビニエンスストアやチェーン居酒屋に席巻されている。伝統的な食材店や居酒屋は減少の一途である。たしかにコンビニは便利だし、チェーン居酒屋の270円メニューのバラエティは魅力的だ。世の中がデフレスパイラルに巻き込まれ、どうやら政治の世界も「デフレ民主主義」という状況になってきた。政治家のデフレ化、品質低下と顧客としての有権者の緩い判断力が、まさにデフレスパイラル化しているようである。舞妓の言葉――京都花街、人育ての極意
こうした時代にあって、質の高いものを求めようとしたときに日本の伝統産業を見直すことからヒントを探していきたい。
今年の秋に京都・祇園お茶屋さんで芸妓・舞妓さんと接して以来、祇園を中心とした花街の姿について関心を持った中で、西尾久美子さんの最新の著書『舞妓の言葉』(東洋経済新報社)を興味深く読んだ。

「いつの時代も若者は、未経験で、未熟で、自信もない。350年続く伝統産業である「京都花街」が、現代の10代半ばの少女たちを舞妓さんというプロフェッショナルに育成できる秘密は、伝統文化や人材育成の仕組みとともに、自分の経験や周囲の関係性を大切にしながら自律的なキャリア形成をうながす、「言葉の力」にあるのではないか。(著者「メッセージ」より)

今、10代の若者は、自らの将来の姿を見つけ出すことが難しい時代になっている。いや、かつてもそうだったのかもしれないが、経済が成長しているときは、なんとか就職口を探すことはできたが、今は厳しい状況にある。そうした経済環境の中で、コンビニやチェーン居酒屋がアルバイトの吸収先になっている。しかし、その中から本当のサービスとは何かを知り、自らを高めるプロフェッショナルを目指すことは難しい。
舞妓・芸妓の世界は特殊だが、その世界には長い年月を通じて築き上げられた人材育成の仕組みがある。著者は、この世界で受け継がれている言葉の数々から、プロフェッショナル養成のシステムを探っている。次のような京言葉が紹介されている。

(1)「電信棒見ても、おたのもうします」
はっきりお顔を知らない方でも、この街の関係者と思う人にお目にかかることがあったら、頭をきちんと下げて挨拶しなさい。
(2)「教(お)せてもらう用意」
教えることは、教えられるほうに、それを受け取る感受性があってはじめて成り立つ。
(3)「頭で考える前に、おいど動かさんと」
頭で考える前に、お尻を上げて行動に移さないといけない。
(4)「座ってるのも、お稽古」
自分が直接教えてもらうことだけが学びではなく、他の人の学習機会に同席できるときもアンテナを伸ばし、自分の得た経験すべてを活用することが大切だ。
(5)「そのままほっとくのが恥ずかしいことや」
間違うことが恥ずかしいことない、そのままほっとくことが恥ずかしいことや。
(6)「だれの手もかりてしまへん、みたいに思うたらあかんのえ」
初心忘れるべからず。
(7)「一歩上がると、見えへんことがわかるようなるんどす。
チームの中でせなあかんことを、ちゃんとわかるように後輩に説明せんとあかんのどす」
(8)「一生、一人前になれへんのどす」
ずっと一人前になれないと自覚するからこそ、厳しい言葉や視線を投げかける先輩たちの叱咤激励を活かして、自らの技能を磨く道を歩み続ける。

こうした言葉の数々からプロフェッショナルが生まれていく。さまざまな分野でこの教育の伝統を再認識していかないと、この国は立ちいかなくなる。
文化や精神のデフレ化は何とか食い止めないといけないと思う。