グローバル化と国際化

先日、最近注目しているブロガーとして、このFBでもとりあげた藤原かずえさん。11月27日のブログを面白く読んだ。
藤原さんの文章は独特である。いくつかの言葉を日本語と英語で並べ、その定義をすると同時に、さまざまな社会現象やメディアでの言説をキーワードで批評していく。
https://ameblo.jp/kazue-fgeewara/entry-12421573665.html
今回のブログ・エントリー「グローバル化を多様性と同一視する深刻な誤解」では次の一節から始まる。

グローバル化 globalization】とは【地球 globe】を一体化することを意味し、国境の存在を無視するものです。国境の存在を前提とする【国際化 internationalization】とは異なる概念であり、国際化の主体が「国民」であるのに対して、グローバル化の主体は「人類」そのものであると言えます。

われわれ何気なく使っているグローバル化と国際化という概念。その違いを明確にしたうえで、最近話題の入管法改正問題を解説していく。
藤原さんは、日本人の選択肢は2つあると示す。
ひとつは、日本という島国で、現在と同じようなレベルで内向を保つことで独自性を保ち、日本人の個性を長時間にわたって維持するという方向。もうひとつは、現在より外向を重視して日本人の個性を捨てて他国と次第に同質化していくか、である。
いずれにせよ、日本人が真剣に考えなければならない二者択一である。
そして、すくなくとも【多様性diversity】という聞こえのいい言葉を乱用する人たちに気を付けよと警鐘をならす。外国人を多数受け入れた場合、多様性ではなく【画一性uniformity】に向かう可能性を図示している。
議論を整理し、感情的にならず、ロジカルに論じていくことの重要性をあらためて藤原さんのブログは教えてくれる。
この外国人労働者受け入れに関しては、まだまださまざまな論点があり、早急に結論を出すことではない。
日本人は、とかく大勢に迎合し、声の大きな人になびいてしまう。声の大きな人の典型がマスメディアであるが、最近は、インターネットの普及浸透により、マスメディアにだまされない人が増えてきているが、まだまだのところもある。
たとえば、外国人技能実習生について、とりあげられることが多いが、ニュースなどで報じられるのは、実習生の失踪の問題や地域住民との摩擦、不当な扱いなどデメリットばかりでメリットについて報じられるケースはまれである。
よく言われる意見に、外国人労働者が入ってくると日本の良き習慣や伝統が破壊されるのではないか、というのがある。
私は数年前、中国大連にある外国人技能実習生を日本に派遣するための教育機関を訪ねて、教室で生徒たちと接したことがある。教育機関では、日本語教育と同時に日本における生活マナーについて勉強する。教室の壁には模造紙で、「ふとんのたたみ方」などが絵で示されている。
はたして、今の10代後半の日本の若者は、正しい布団のたたみ方がわかるだろうか。日本の良き伝統や習慣は、すでに壊れつつあり、外国の技能実習生が受け継ぎ身につけつつある逆転現象が起こっているといったら言い過ぎだろうか。大連で接した学生たちは、眼がきらきら輝いていた。ちょうど映画「三丁目の夕日」で堀北真希が演じた「六ちゃん」のように。