一枚の絵から想像できること

最近、江戸時代の浮世絵が見直されている。先日ある会で、浮世絵の秘密に関する話を聞いた。一枚一枚の浮世絵を詳細に見ていくと、そこには当時の生活や時代が見事に描き出されていることがわかる。
たとえば、葛飾北斎富嶽三十六景の「神奈川沖波裏」。これは日本人なら誰でも一度は見たことのある浮世絵であり、最近の富士山ブームや、クールジャパンの動きの中で代表的に取り上げられることの多い作品である。
一瞬の波の動きを見事にとらえており、後のヨーロッパの印象派に大きな影響を与えた一作として有名であるが、ここであらためて、この一枚からストーリーを読み解いてみたい。
神奈川沖であるから、今の東京湾である。浪間に船が出ている。8人の漕ぎ手が高波の中で必死に船をあやつっている。なぜ、このような大きな波が出ているときに危険をかえりみず、船が出ているのであろうか。この船は鮮魚の運搬船である。相模湾東京湾でとれた魚を江戸の日本橋等の魚河岸に運んでいるのである。たとえば、小田原沖でとれた当時のもっとも高価な鯛などを運んでいるのであろう。
海が荒れた日には、江戸に鮮魚が入ってきづらい。当然、そうした日の江戸の魚市場の鮮魚の価格は高騰する。多くの鮮魚商が船を出すことを躊躇する中で、リスクを冒してでも大きなリターンを求める一部の業者が、荒れ狂う神奈川沖に船を出したのだろう。
おそらく8人の船の漕ぎ手も、この荒波を乗り越えれば、通常よりも多くの船賃を得ることになるのだろう。ハイリスク・ハイリターンを求めて、危険を冒してでも船を操る江戸の人々の姿が、この一枚の浮世絵から見て取れるのではないだろうか。
ただ単に美しい、富士山のレイアウトがよい、波の描き方がすばらしい、という表面的な事だけでなく、そこに描き出された社会というものも考えていきたい。
写真のなかった時代、浮世絵は江戸時代の社会や生活を描き出してくれている。そうした時代背景を考えたり想像してみると、一枚の絵から多くのことを学ぶことができると思う。
クールジャパン、海外に向けてアピールすることも必要だが、まずは日本人自身が足元の日本文化や歴史を知ることが大事だ。