経営トップの情報発信について

国レベルの競争において、軍事的な装備の競争と同時に情報戦が必要であることは言うまでもない。
日本はこの「情報の戦争」について、あまりに無防備であった。
企業における競争においても情報戦は重要である。
とりわけ、企業の経営トップの発する言葉は、良い効果を及ぼすこともあり、悪い効果を及ぼすこともあるので注意が必要である。
ここ数年、ブログやフェイスブックツイッターなどSNSでの情報発信が容易になっているので、企業経営者も大企業から中小企業に至るまで、経営者の情報発信が行われている。
大企業で著名な企業の経営者ともなれば、大新聞でも取り上げてくれる。

今朝の日本経済新聞の19面「リーダーの本棚」欄に、
キリンビールホールディングス社長の磯崎功典氏が
「わたくしの読書遍歴」ということで座右の書や愛読書を語っている。
ふだんなら、見過ごす記事であるが、
磯崎氏は、わたくしの出身高校の先輩でもあり目に留まった。
わたくしの同級生の友人よれば、先日、母校の高校のホームカミングデーが開催されたようで、そこで磯崎氏は講演を行ったとのことである。
わたくしは出席できなかったが、友人によると磯崎氏は、月に2回、故郷の実家に帰り畑作業をしているという話をしていたらしい。
わたくしからは、東京都知事の週末の湯河原別荘問題が注目されている中で
磯崎氏の実家への月2回の帰郷は、日本を代表する食品会社のトップとして
公にして大丈夫だろうか、とメールで返信したところである。

ブラジル企業の買収で、問題を抱えていて、かつてのビール業界の覇者の面影がなくなりつつあるという現状において、企業トップの外部への情報発信は神経質にならないといけないはずだ。

今回、日経新聞に取り上げられた座右の書や愛読書は、平凡すぎる。
座右の書が城山三郎氏の著書、愛読書はクリステンセンのイノベーション論、
コリンズのビジョナリーカンパニー
自助論や菜根譚だ。
また、ポーターの競争論にも触れCSV経営を日本に一番早く取り入れたのは、
わたくしだと述べている。

おそらく、この日経の記事は、誰よりも
キリンビール・グループの社員や取引先に影響を与えるであろう。
若手社員などは、ホールディングス社長の愛読書を
先頭を切って、読むかもしれない。取り巻きの人たちによる「社長、日経に乗りましたね、わたくしも城山三郎の本を読んでみました。感動しました。」との声が聞こえてくる。

しかし、時代はクリステンセンでもコリンズでもポーターでもない。
こうしたMBA流の考え方は2周遅れである。
ましてや今時、城山三郎ではないでしょう。
これでは次の世代を支える若い人々の心をとらえることはできない。

明治の時代の精神支柱であった西郷隆盛
南洲翁遺訓のなかで、次のように語っている。
「どれだけ制度だとか、方法だとか議論したところで、
そこに”人物”がいなければ、ものごとはうまくいかないよ。
”人物”がいて、そのあと制度や方法が活きてくるものさ。
だから、”人物”というのが一番の宝なんだよ。…」
(『【新訳】南洲翁遺訓』松浦光修編訳 162ページ PHP研究所、2008年)

情報社会にあっては、読み手は嘘くさいものを瞬時に見破る。
経営者の情報発信は、自己満足に終わらずに、中身のある
読者をハッとさせるものでないと、広報効果はマイナスになってしまう。
会社の知名度や役職の力ではなく、個人としての力量の勝負の時代になっていることを経営者自ら意識して、切磋琢磨を続けていかないと組織の存続は危ういと思う。

母校の高校の先輩であるにもかかわらず、生意気なことを申し上げたが、キリンビール関係者には知人も多いので、もういちど、かつての栄光を取り戻してほしいものだ。ちなみに、わたくしはビールはアサヒスーパードライ党である。ブランドチェンジを起こさせる画期的な商品の登場を望んでいます。