『日の名残り』 カズオ・イシグロ

英国で最高の権威ある文学賞といわれるブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの代表的小説『日の名残り』(The Remains of the Day)を読む。翻訳本と英語のペーパーバックを両方参照しながら。日の名残り (ハヤカワepi文庫)
英国における「品格ある執事道」を追求する主人公が、短い旅に出る中で自らの過去を振り返るという穏やかで、一気に読ませる小説だ。

偉大な執事が偉大であるゆえんは、みずからの職業的なあり方に常住し、最後の最後までそこに踏みとどまれることでしょう。……
執事はイギリスにしかおらず、他の国にいるのは、名称はどうであれ単なる召使だ、とはよく言われることです。私もその通りだと思います。大陸の人々が執事になれないのは、人間的に、イギリス民族ほど感情の抑制がきかないからです。

執事道、欧米列強の政治の裏舞台、微妙な男女の心理や英国の西の田園地帯の美しい風景描写など、さまざまなイメージをこの小説は広げてくれる。とくに旅先で偶然出会う市井の人々の何げない言葉が、主人公の人生に新たな血を注いでいく。読者は、この本を読んだ後、それぞれの人生に置き換えて、主人公と同様に回想に浸ることだろう。そして短い一人旅に出かけてみたくなるのだろう。
私も主人公の旅の最終地点であるウェイマスの夕暮れの遊歩桟橋の上をぶらぶらと歩いてみたくなった。