『麺道一直線』勝谷誠彦(新潮文庫)

かつて渡部昇一氏(上智大学名誉教授)は、旅先の駅の売店で購入する文庫本で「ハズレ」がないのは松本清張推理小説だといった。わたくしにとってのハズレのない本は勝谷誠彦さんの紀行の文庫である。
新潮文庫の新刊『麺道一直線』を読んだ。面白い。味わい深い。勝谷さんの文章を料理に例えるなら、まさにラーメンやうどんといった大衆食でありながら、ダシが利いていてコシがあり、噛めば噛むほど味があり、ついつい中毒のように食べてしまう料理である。
[rakuten:book:13196543:image]そのエッセイは、起承転結があり、最初の書き出しで読者の心をぐっとつかみ、最後のところで格調高く締める。途中には、味わい深い日本語の言葉が続き、時としてギャグが笑いを誘う。わずか数ページのエッセイが、なにやらフランス料理のフルコースのように起伏にとんでいて、読後の満足をもたらしてくれる。
たとえば第二章の「冷やされた麺を求めてー宮城、秋田、山形ー」では
冒頭で、

夏だ暑いぞ冷たい麺だ。

で始まる。
文中では次のような、上質の文学とギャグが入り混じる。

寒い夏に抗するように懸命に蒼い穂先を天に向かって突き上げる稲たちの中をはしりながら、筋鉄Iさんは冷たい笑みを浮かべるのであった。(「筋鉄」とは、筋金入りの鉄チャン(鉄道マニア)のこと)

これは、もはや麺ではない。食物ですらない。口の中にここまで都会の汚れた熱がこもっていたことを私は知る。うどんは触媒のようにその熱を奪い、すべてを赦して喉を駆け下りていく。

そして、最後は次のように締める。

讃岐は庶民、稲庭は貴族。それぞれの持ち味を追求しようではないか。……
高雅なる秋田の地麺の系譜は、確実に受け継がれていくようなのであった。

勝谷さんの文章が大学入試の国語の問題に採用されたとのこと。さもありなんと思う。
<参照>
http://d.hatena.ne.jp/kohnoken/20090321
http://d.hatena.ne.jp/kohnoken/20090314