ケアのゆくえ科学のゆくえ

ミクロの視点(具体的な事例)をベースにマクロ(社会全体)を論ずるということは簡単なようで難しい。世の中に出回る本の多くはミクロの視点だけにとどまっていることが多く、またマクロを論じていても、ミクロとの連動が弱いことが多い。実務家はミクロだけを、学者・評論家はマクロだけを論じることが多い。健康や医療の分野でミクロとマクロを論じることができる人材は意外と少ない。千葉大学広井良典さんは、両方の視点を持ちながら、その見方がユニークで、刺激的だ。最新刊の『ケアのゆくえ科学のゆくえ』岩波書店(2005年刊)を読んだ。
健康と医療、そして科学を論じながら、最終的には日本社会論という大きなテーマに挑戦している。彼の危機意識は次の言葉に表される。

ヨーロッパと中国に行く機会があったが、そのときの印象として(残念なことなのだが)日本社会が一番「個人がバラバラになっている」という感じを持った。現在の日本は「地縁・血縁的な古い共同体が崩れ、しかしそれに代わる新しいコミュニティができていない」ということに尽きるように思う。

この文脈の中で医療や福祉を考えていかなければならないというのが著者の主張である。
また、「健康転換」という日本の動向に目を向けるというのも著者の一貫した視点でもある。感染症から慢性疾患、そして老人退行性疾患という健康転換の段階が代わっているのであるから、有効な医療モデルも代わらざるを得ない。しかし、現実の日本の医療制度は、その変化に対応できておらず、多くの矛盾を抱えてしまっている。
この本は医療、健康、スピリチュアリティ、神社や寺の活用、代替医療、病院のカウンセリング機能そして科学が目指すべき方向などについて多くの新たな気づきを与えてくれた。