おめでとう亜細亜大学

亜細亜大学アンカー岡田選手

あけましておめでとうございます。
そして箱根駅伝の優勝、おめでとう亜細亜大学
大学が競う人気スポーツとえいば、かつては東京六大学野球、そして最近では大学ラグビー、正月はなんといっても東京箱根間往復大学駅伝競走だろう。二日間にわたる完全テレビ中継のおかげもあり、正月の風物詩として定着した。
襷(たすき)をつなぐという行為が、日本人の心の深層にある何かを揺り動かすのかもしれない。駅伝ほど、ひとりのミスがチームに大きな影響を与えてしまう不条理ともいえる競技はない。
今年の82回大会は、すがすがしいレースだった。往路箱根の山登りでの順天堂大学今井選手の力走は圧巻だった。以前にこのダイアリーでも取り上げたことのある、「面(つら)構えの力」を感じさせる選手だ。http://d.hatena.ne.jp/kohnoken/20050704/1120414739
復路は、8区順大の主将難波選手が脱水症状で一気に順位を落とすというアクシデント、最終10区では五連覇を狙う駒澤大学糟谷選手の失速があり、いつの間にか伏兵の亜細亜大学がゴールテープを切った。
高校時代に輝かしい成績を残した有名選手がいない亜細亜大学、それを初の駅伝優勝に導いた要因のひとつに、岡田監督の存在がありそうだ。参加チーム中最年長の監督で、単身赴任で6畳一間の合宿所に寝泊りしながら選手たちと触れ合う毎日がある。気持ちが伝わっていれば、厳しい練習も乗り越えられるだろう。厳しい日々の練習の成果が本番でにじみ出てきているようなレースだった。
区間一位でトップに立った9区の山下拓郎選手もさることながら、その前に山下選手に襷を渡した8区の益田選手の力走も忘れてはいけない。テレビでは順大の難波選手の失速シーンが長く映し出されてしまったため、画面に登場する時間は少なかったが、益田選手の力走により続く山下選手に「勝利への執念」が手渡されたのだと思う。「気持ち」や「やる気」は伝染する。それは襷にこめられて手渡されていくのである。
復路での法政大学の活躍、中央学院大学区間記録、山梨学院大学の復活など他校の健闘も目についた。学連選抜では、懐かしい東京農大慶應義塾大学の選手も活躍した。まさに駅伝戦国時代の状況を迎えた。
過去から未来へ、先輩から後輩へ、仲間から仲間へ襷を渡していくことで社会は成り立っていることを正月の駅伝は教えてくれる。もう来年の箱根駅伝が待ち遠しくなってしまう。
2006年一年間、吹けば飛ぶような小さな存在のウイズダム・ダイアリーではあるが、ブログという襷を通じて、未来に向け何かを伝えることができればと思っています。今年もよろしくお願いします。
(画像)亜細亜大学のアンカー岡田選手(同大学ホームページより)