東京奇譚集

秋の夜、虫の音が心にしみる季節になった。読書の秋だ。
村上春樹の新著『東京奇譚集』新潮社を一気に読み終えた。五編からなる短編集である。

奇譚(きたん)とは不思議な、あやしい、ありそうもない話。しかしどこか、あなたの近くで起こっているかもしれない物語。

第一篇は「偶然の旅人」と題された話。
41歳のピアノ調律師は火曜日の朝、カフェで最近気になっていた本を読みふけっていた。たまたま隣に座った女性も偶然、同じ本を読んでいた。ベストセラーではない、マイナーな小説を。偶然は、さらに偶然を呼ぶ。10年来、あることがきっかけで疎遠になっていた姉と調律師の弟が再開する。そしてあることが姉から告げられる。
虫の知らせというのはあるものだ。何万分の一かもしれない偶然かもしれないが、そういうことは時々起こる。街を歩いていて、ある人のことを思い浮かべていたら、偶然その人と出くわしてしまった、ということは私の経験の中にも何度かある。
第三篇も不思議な推理小説のような話で面白かった。高層マンションの高層階に住む人たちの話で、エレベーターを使わず、階段を歩く人たち。25階と26階の階段の踊り場が舞台となる。なんともぼやけた話だが、なんとなく意味がわかる。読後にイメージが膨らむ話である。
ミステリー好きの人にお薦めしたい。それにしても、一気に読ませる文章の力は、さすが人気作家だけのことはあると感じた。