ドラッカーに先駆けた江戸商人の思想

ドラッカーに先駆けた江戸商人の思想』の著者である平田雅彦さんは、松下電器(現・パナソニック)の副社長を最後に経営の一線を退かれ、その後、産能大客員教授で「企業倫理」の講座を担当された。

ドラッカーに先駆けた 江戸商人の思想

ドラッカーに先駆けた 江戸商人の思想

本書は、西川如見や石田梅岩を皮切りに江戸時代の商人の思想を解説し、企業の社会的責任(CSR)が1990年代に欧米から輸入されるはるか昔の江戸時代に企業は社会の公器であるという考え方が我が国に普及していたことを著わしたものである。
三井家の元祖・三井高利と二代目高平(宋竺)
朱印船貿易角倉了以
近江商人の「三方よし」と中井源左衛門
大丸創業者の下村彦右衛門
住友家の「総手代勤方心得」に見る現場主義
など、江戸商人の人たちの残した家訓や心得、遺書の紹介は圧巻である。
江戸時代の商人は士農工商の末端にあって、社会的には尊敬されず卑屈に生きていたかのような印象を持っている人が多いが、商人の世界では階級の差別はなく、取引は一対一の対等で行われ、西欧の市民階級の思想に近いものが商人の間で生まれ始めていたと著者は言う。
かたや商人の台頭を喜ばない武士階級は、体制側の学者を使って商人の仕事を蔑視し非難を続けた。そのなかで商人たちは懸命になって商売の存在価値(identity)を求め、商売の社会的役割(mission)を探したのである。
また、本書では丁稚、手代、番頭、支配人と続く商家の仕組みを人間教育とからめて評価している。9歳から15歳まで船場の商店で丁稚奉公をしていた松下幸之助翁の影響が著者にあるのかと思う。
現代にも引き継がれる三井家と住友家の教えの一部をここで紹介しておく。

■三井家二代目三井高平(宋竺)の「宋竺遺書」より
1)相手の気持ちを斟酌せよ
人にはそれぞれ心があるものだ。だから相手の心を汲んだ上で、自分が何をすべきかよく考えてことを運べばうまくいく。
2)使用人の良し悪しは、主人の心がけ次第
家業に通じていない店主は、その手代の働きに気がつかず、自分の下に優れた人がいても取り立てようとしない。もし取り立てずせっかくの才能を放置したままでは、その者は主人の不明を恨んで、店をやめようと思うであろう。
3)元締め役は主人への諌め役、下への諌め役たれ
元締め役は上と下の間にあって、家が治まるように心がけることが大切である。

■住友家の「総手代勤方心得」
まず担当者の意見を聞け
銘々各人が持っている意見を良く聞かなくては事情はわからないし、また一人一人の能力、人柄も知ることはできない。人にはそれぞれ長所短所があり、長所ばかりとはいかないものである。だから善悪をかまわず、一分に良いと思ったことがあれば、遠慮なく申し出るように。

日本の商家の長寿命は世界でも飛びぬけている。社歴200年以上の企業数が日本には3000社はあるといわれている。この背景には江戸時代の商家が「孫子の代までの繁栄」を念願し、長期的視野で経営を続けてきたことにあると著者はまとめている。
欧米流のMBAに代表される経営技術も大事だが、日本型経営の原点を見直すことも大事だと思う。