大人の見識

構造改革、グローバルスタンダード、IT化、イノベーションと変わろう変わろうとあせる今日の日本。この本の冒頭では「これは急ぎの御用だからゆっくりやってくれ」という幕末の外国奉行であった川路左衛門尉聖謨(かわじさえもんのじょうとしあきら)の言葉を紹介する。大事な御用はせかせかやってはならぬ、ということだ。大人の見識 (新潮新書)
改革の目的は何か、ということを考えず、ただただ過去を捨て去り新しいものを受け入れるというのは、軽躁な日本の国民性をあらわしていると思う。
著者の阿川弘之さんは言う。

戦争中、日本人は思考停止の状態にありましたが、戦後も逆のかたちで思考停止をやっている。実際には過去も現在も未来も切れ切れのものではなくて、つながっているんでして、大人の見識を持つためには、良きにつけ悪しきにつけ、その点を見誤らないようにしなくてはいけないでしょう。

戦中、戦後だけでなく、現代も思考停止の状態が続いているのではないか。
最後に、著者は論語の温故知新について語っている。

「古キヲタズネル」んだけど、ただ尋ねるのではなく「アタタメテタズネル」んだよと、孔子は言いたかったらしい。これは、吉川幸次郎先生の受け売りですが。まさに東洋古代のwisdomそのものではありませんか。肉を煮つめていい味のスープを取ろうと思ったら、強火でやっちゃいけないんだ。歴史を学ぶのも、にわか勉強で手早く片付けようとしたのでは駄目だよ。孔子はそう言いたくて「温」の字を使ったというのが吉川幸次郎先生の御見解です。

インターネットの普及で、過去の情報を収集するスピードは高速道路並みに早まった。しかし、その情報を温めることなければ、古きをたずねたことにならず、ましてや新たなことを知ることにもならない。
この本は「知恵ある言葉の展覧会」のようなもの、と著者である阿川さんは言う。読みながら、そして読み終わってからいろいろなことを考えさせられた。