生きるなんて

わかりやすく美しい文学的な文章で、きわめて厳しいことを言われると、心にグサッとくるものだ。生きるなんてそうした刺激を時々受けないと怠惰な生活に陥ってしまう。いや、他者から言われるのではなくて、自らそうした刺激を自らに対して与えていかなければならない。そうしたことをあらためて感じさせてくれたのが『生きるなんて』丸山健二朝日新聞社2005年10月刊)だ。

自立の一番の基礎となるのは、精神云々よりも、まずは肉体の管理です。自分の肉体を正常に保っておくこともできないようなものに真の自立はあり得ません。
唯一無二であるおのれの肉体をおろそかに扱う者に、人生について何を語る資格があるというのでしょうか。

著者の丸山さんは1943年生まれ。若干23歳で小説「夏の流れ」で当時、最年少の芥川賞作家となった。現在は信州安曇野で執筆と庭造りという創作活動を続けている。庭造りをめぐる著作も多い。
最終章では、次のようにたたみかけた。

することがいちいちなまぬるく、知識に依存することしか頭に浮かばず、人交わりが極端に少なく、その場限りの癒しを貪り、魂の防腐剤になるかもしれないという錯覚から神仏の前にひれ伏し、自身の目に映ずるものを信じること忘れ、美に対して無感覚で、突発の出来事にただただうろたえ、コンピューターの力と自己の能力を混同し、現実から逃避するために事実を歪曲し、個室に身を落ち着けることだけばかりを願い、外面的な物の見方しかできず、体力、気力の増強を図ろうとせず、不満を訴える元気もなく、受け売りの話ばかり口にし、感情の枯渇に気がつかず、金利生活者を成功者と見なし、正邪の区別もできず、自由と自堕落をごっちゃにし、泣き言ばかり並べ、責任を問われそうなことからは素早く逃げ、もう一度推進めることを嫌い、魂を裸にする度胸もなく、他人から施される愛のみを愛と理解し………

もうこの辺にしておこう。
本書は、これから本当の人生をスタートさせる若者に向けたメッセージと言われているが、年齢を重ねても自立できず大人になりきれていない多くの日本人に向けたメッセージのような気がする。